5 /23日(日)
  • ジャズ

他団体との連携コンサート

ムジークフェスト連携事業 創業59周年 記念コンサート 2部

  • 有料
  • 直申込

料金 【前売】3,000円【当日】4,000円

2月1日発売

<会場>ならまちセンター 市民ホール

<時間>15:00~16:15(14:30開場)

※未就学児入場不可

<曲目>
祝 / 森山 威男
エクスチェンジ / 板橋 文夫
サンライズ / 板橋 文夫
ハッシャバイ / サミー・フェイン 他

ブルーノートの創業59周年を記念して、古くから親交の厚い、日本トップレベルのジャズミュージシャンをお呼びして、コンサートを開催します。

出演者

  • 森山 威男
    森山 威男(ドラム)
    日本のジャズドラマー。1945年山梨県勝沼町(現・甲州市)生まれ。東京藝術大学打楽器科卒業。
    大学在学中から演奏活動をはじめ、山下洋輔トリオでのプレイで世界的に名を知られるようになる。
    現在は自己のグループで演奏活動を続けながら、名古屋芸術大学音楽学部特別客員教授もつとめている。

    1967年 山下洋輔グループに参加。しかし間もなく山下が病気で療養生活に入り活動中断。
    1969年 山下の復帰により結成された山下洋輔トリオに参加。山下洋輔(p)、中村誠一(ts, ss)、森山威男(ds)
    1972年 中村に代わり坂田明(as, cl)が加入。
    1974年 山下トリオとして初のヨーロッパ・ツアー。メールスで一時間に及ぶスタンディング・オベーションを受けるなど、各地で爆発的反響を巻き起こす。
    1975年 山下トリオとして2回目、3回目のヨーロッパ・ツアー。この年いっぱいで山下トリオを退団。
    1977年 森山威男カルテットを結成。森山威男(ds)、高橋和己(ts,ss)、板橋文夫(p)、望月英明(b)
    1984年 自己のカルテットでヨーロッパ・ツアー。
    1985年 名古屋に転居。演奏活動をほぼ停止。
    1989年 演奏活動を再開。
    1994年 ドイツ、イタリアでツアーを行う。
    2002年 第27回南里文雄賞、第35回ジャズ・ディスク大賞日本ジャズ賞、第56回文化芸術祭賞レコード部門優秀賞を受賞。
  • 板橋 文夫
    板橋 文夫(ピアノ)
    1949年 栃木県足利市出身
    国立音大付属高校から国立音大進学後、先輩である本田竹廣氏のピアノ演奏を聴いて、ジャズに開眼。
    在学中より演奏活動を始め、渡辺貞夫クインテットでプロデビュー。
    日野皓正クインテット、森山威男カルテットに参加する一方、自己のトリオでの活動も開始。
    エルビンジョーンズ(Drums)やレイアンダーソン(Trombone)とのワールドツアーにも参加。

    現在は2010年に結成した自身のトリオ“FIT!”を中心にジャズオーケストラやセッション、映画音楽など多彩な活躍。
    ジャズ以外でも様々なジャンルで活躍する人達とセッションを組み、<ジャズと はなにか?><即興と作曲とは?><音楽とは?><生きることとは?>と常に音楽の源流を模索し続けている。
    チョッパーでグリッサンドで煽りたて疾走するピアノの奏でる音楽は、時に強く、そして時に優しく暖かい!

    1970年 渡辺貞夫クインテットでプロデビューを果たす。
    1974~79年 日野皓正(tp)クィンテット、森山威男(ds) カルテットに参加する一方、自己のトリオでも活躍。 アルバム「濤」「ライズ&シャイン」「ネイチャー」発表。柳町光男監督「19歳の地図」の映画音楽を担当。
    1982年 ソロアルバム「渡良瀬」を発表、同時に全国縦 断101ヶ所「渡良瀬一人旅 」ツアーを敢行、全国的に注目を集め話題を呼ぶ。
    1984年 11人編成の「板橋ジャズ・オーケストラ」を結成、「インパクト」発表。
    1985~87年 エルビン・ジョーンズ・ジャズマシーンのワールドツアーに参加。 他にもレイ・アンダーソン(tb) など世界的なミュージシャンとのワールドツアーを成功させ、国際的な活動に入る。
    1989年 峰厚介(ts)、井野信義(b)、村上寛(ds)とフォーサウンズ結成。「ライブ・アット・モブズ」発表。
    1990年 アジアでの活動も広げ、韓国、インドネシア、タイ、香港などで「地球を救うコンサート」や「タイ国王継承50周年記念祭」のフェスティバルに招待される。
    1991年 レイ・アンダーソンのアルバム「Wishbon」に参加。 ニューヨークのビレッジ・バンガードに出演、カナダ・アメリカツアーに参加。演劇「ソングデイズ」で金子飛鳥と共演。
    1992年 台湾のスタン・ライ監督「暗恋桃花源」の映画音楽を梅津和時(as) と担当。
    1993年 新事務所「MixDynamite」を設立。「MixDynamiteユニット」を結成。 92年の意欲的なライブをまとめた4枚のCDを自主レーベルより発表。斎藤徹(b)、沢井一恵(筝)と「月の壷」を結成。
    ジャズというジャンルを超えて、邦楽家、詩人、画家、韓国のシャーマンなど様々なアーティストとの共演を積極的に開始する。
    1994年 萩庭貞明監督「さまよえる脳髄」と台湾のスタン・ライ監督「紅蓮會」の映画音楽を担当。 森山威男と共にヨーロッパツアーを行う。「月の壷」で、韓国・ラオス・タイツアーを行う。
    「MixDynamite」で国内ツアー、インドネシア・ジャカルタ・ジャズフェスティバル、香港「Jazz Club」等に出演。
    1995年 タイのバンコクにて、第一回「炎熱アジア・ミックスダイナマイト・アジアに吹く風」コンサートを行い、 郊外の小学校で交流、タイ各地のライブハウスに出演。
    竹澤悦子(筝)、松田惺山(尺八)等と「MixDynamite邦楽ユニット」結成、「地球を救うコンサート」等出演。第3回「横濱ジャズプロムナード祭<板橋文夫~大地の歌>」ランドマークホール、総勢15人出演。
    「Mix Dynamite」で国内各地の小・中学校で交流、演奏会を開く。新星堂オーマガトキレーベルより「The MixDynamite 游」を発表。
    1996年 第4回「横濱ジャズプロムナード祭<板橋文夫~大地の歌Ⅱ・峠の旅人たち>」。 第1回「タイ国王継承50周年記念ジャズ祭」に招待される。
    1997年 6月、世界で最も注目されているニューヨークのニッティング・ファクトリー主催の「ニューヨークジャズ祭」に日本人として初めて出演。
    その後、ローマ・パリ・ケルンなどヨーロッパ各地のジャズ祭に出演し、高い評価を得る。9月、アカバナレーベルより、沖縄の民謡歌手、大工哲弘をゲストに迎え、 NEW CD「ウチチューメー~お月さま」を発表。
    10月、「横濱ジャズプロムナード祭<板橋文夫~大地の歌Ⅲ・沖縄の風>」。
    1998年 前田祐希ジョージ・ガーシュイン生誕100年記念CDのレコーディングに参加。 パリ公演。
    1999年 Mix Dynamiteレーベルから「005」を発表。 6月、ローマ公演。民謡歌手金子友紀とのデュエットで参加、熱狂的な喝采を受ける。
    8月、コンポーザー・音楽監督として参加した、 香港映画 クリストファー・ドイル監督初作品「Away With Words」(邦題“孔雀”)が、公開される。
    サウンドトラック盤「孔雀」がSMEより発売される。 10月、横浜関内ホール「シンフォニックinジャズ」で、神奈川フィルハーモニー管弦楽団と共演、
    ジャズ・ピアノと管弦楽のための交響詩「渡良瀬」、大きな話題を呼び2001年に再演されることとなる。 第7回「横濱ジャズプロムナード祭<板橋文夫の世界~大地の歌‘99>」。
    2000年 2月横浜みなとみらいホールで、横浜バロック室内合奏団と、シェーンベルグ「月に憑かれたピエロ」を語り手前田祐希で共演。
    4月、初のソロライブアルバム「Northwind」(2枚組)発表。発売10ヶ月で完売。再プレス。5月、おーらいレコードより、「燦燦san-san」(トリオでのスタジオ録音盤)発表。
    8月、アフリカのケニアへ約1ヶ月間、初めての一人旅に出かける。 10月、第8回「横濱ジャズプロムナード祭<板橋文夫・大地の歌~アフリカの風>」ランドマークホールでは、1日に5セッションすべてに出演。
    総勢23名の「板橋文夫ミレニアムJAZZオーケストラ」を編成し「アフリカ組曲」を初演。
    2001年 4月、今までのピアノ人生の全てをソロで唄いあげた、ニューアルバム「一月三舟」を発表。 7月、国際交流基金の助成で、ブラジルはソロで、ケニア、セイシェルへはトリオで約1ヶ月間の演奏旅行に出かけ大成功を収める。
    その記録を自身で書き下ろし、200枚の写真で綴った初のフォトエッセイ「ジャンボ!オブリガード!」(CD付)と公演の収録ライブCD(ブラジル編、アフリカ編各2枚組)をリリース。
    2002年 1月、デンマークのジャズフェスティバルにソロで参加。コペンハーゲンを中心に8ヵ所で演奏、大好評を博す。
    2003年 10月、「横濱ジャズプロムナード」では、ケニアで競演したリーダー、シュトゥ率いる「ギリヤマ・ダンス・トゥループ」(ダンサー6名、パーカッション4名)が初参加。
    板橋文夫オーケストラと共演、関内大ホールに集まった千人を超える観客を熱狂させた。
    2004年 4月、10年ぶりに再会を果たしたアルトサックスの鬼才、林栄一と初のデュオアルバムをリリース。
    2005年 ”幻の名盤”と言われた’82年発表のソロアルバム「わたらせ」が23年ぶりに復刻、初のCD化が実現した。
    6 月には「林栄一 x 板橋文夫DUO Vol.Ⅱ」をリリース。 また7月にはウルトラ・ヴァイヴ「渋谷ジャズ維新」より、「板橋文夫アンソロジー~WATARASE」(2枚組み)がリリース。
    このアルバムに「交響詩[渡良瀬]~ピアノと民謡と管弦楽のための」が収録され、ヴォーカルヴァージョンが始めてCDで聴けると話題になる。
    年末にはカルメン・マキ(vo) 太田恵資(vl) とのユニットでの活動が始まる。
    2006年 一月、1975年の東京「アケタの店」でのライブ録音盤「Rise and Shine」が復刻、30年ぶりに初めてCD化、リリースされた。
    10月、恒例の「横濱ジャズプロムナード」では、スペイン在住の画家、堀越千秋氏が、関内大ホールで、板橋オーケストラのバックに巨大なカンバスを吊り下げて演奏を聴きながら絵を描くというコラボレーションを披露、観客を驚かせた。
    2007年 前年に続き、秋にはカルメン・マキ+太田恵資ユニットで東北、関西、九州とツアーを敢行、大好評を得た。
    10月には、同じユニットでライブ録音したCD「時には母のない子のように2007」をウルトラ・ヴァイブからリリース。
    また井野信義(b)、小山彰太(ds)とのミックスダイナマイト・トリオで10年間続いた神戸市岩岡・木のホールでのライブ録音したCD「Do Something!」も同時にリリースされた。
    2008年 3月、板橋文夫ジャズ・オーケストラ(11名)による初のアルバム制作のためのレコーディングが西東京市”こもれびホール・小ホール”で行われ、 10月、MIX DYNAMITE RECORDよりリリース。
    タイトルは11名、11曲で”WE11 the Itabashi Fumio Orchestra"。 画家、堀越千秋氏がライナーノーツと装丁で参加、協力している。

    映画音楽も多数手掛けており、柳町光男監督「19歳の地図」、萩庭貞明監督「さまよえる脳髄」、台湾スタン・ライ監督の「暗恋桃花源」、香港映画クリストファー・ドイル監督初作品「A Way With Words」(99年8月邦題“孔雀”で公開)など。
    そのほか、毎年、日本の有機農業グループとタイの農村に研修ツアーに出かけたり、全国各地の幼稚園、小学校、中学校などでも公演、交流し、音楽の素晴しさを共有しあったり、
    ジャズのみならず、クラシックや様々なジャンルで活躍する人達とセッションを組み<ジャズとはなにか?><即興と作曲とは?>、<音楽とは?><生きることとは?>と常に音楽の源流を模索し続けている。
    チョッパーでグリッサンドで煽りたて疾走するピアノの奏でる音楽は、時に強く、そして時にやさしくあたたかい!
  • 峰 厚介
    峰 厚介(サックス)
    1944年2月6日 東京生まれ。
    中学時代ブラスバンド部に入りクラリネットを吹き始める。

    17才頃にはクラリネットでバンドのアルバイトを始め、この頃よりアルト・サックスも吹き始める。
    高校2年の頃、ジャズ喫茶でレコードを聴いたのがジャズとの出会いである。
    1963年にジャズバンドに入りジャズクラブで演奏を始め、1969年にピアニスト菊地 雅章に見出され彼のバンドに入団、解散する1973年まで在籍する。
    1970年には初のリーダーアルバム「MINE」を発表する。
    この年、スィング・ジャーナル誌の読者人気投票アルト・サックス部門で、渡辺 貞夫に次ぐ第2位となり新人アルト・プレイヤーとして注目を集める。
    1971年にはピアノのMal Waldronの日本公演、及びライブ・レコーディングに参加、また菊地 雅章とJoe Hendersonのコンサートにも参加する。
    この年よりテナー・サックスも吹き始める。
    1973年、菊地 雅章バンド解散後、ニューヨークに渡り2年間滞在する。
    この期間にも一時帰国して、菊地 雅章のコンサートに出演し、自己のアルバム・レコーディングも行うなど活動を続ける。
    1975年に帰国後、すぐに自己のグループを結成して演奏活動を開始、1976年にはGil Evansオーケストラの日本公演に、アルトプレイヤーとして参加する。
    1978年には本田 竹広らとネイティブ・サンを結成しコンサート、アルバム制作(計8枚)など精力的な活動でジャズ・フュージョングループとして人気を博す。
    1983年、同グループでサンパウロ(ブラジル),モントルゥー(スイス)のジャズ・フェスティバルに出演、ニューヨークのクラブでもライブを行う。

    その後、板橋 文夫、井野 信義、村上 寛の3人と結成したFour Soundや富樫 雅彦のJ.J Spiritsなどを経て、1992年自己のリーダー・グループ「峰クィンテット」を結成、
    1993年にはこのグループによる久々のリーダーアルバム「Major to Minor」を出し、この年のスィング・ジャーナル誌ジャズディスク大賞の日本ジャズ賞を受賞する。
    1996年には同グループでニューヨークのクラブ「バードランド」に出演、1997年には同グループ3枚目のアルバム「Balancez」を出す。2004年には渋谷 毅、林 栄一を迎えリーダー作「Rendezvous」を発表する。
    2008年には峰クィンテットを解散して新たに「峰カルテット」を結成し、2011年には新作CD「With Your Soul」を発売する。

    現在、自己のグループ以外にも渋谷 毅オーケストラをはじめ、数多くのセッションに参加している。

    リーダー・アルバム以外のレコーディングでは菊地 雅章、Mal Waldron、渡辺 貞夫、日野 皓正、富樫 雅彦、渋谷 毅オーケストラやNative Son、 Four Sounds などを含め40枚以上のセッションに参加している。
  • 林 栄一
    林 栄一(サックス)
    高校時代からアルト・サックスの腕前が評判となり、山下洋輔のバンドに飛び入り演奏して、以後交友を深める。
    約十年、各地のキャバレー専属のハコバン(ビッグバンド)のメンバーとして腕を磨き、1980年代に山下と再会し、山下のバンドのメンバーとしてデビュー。
    1990年、初の自己名義作品『MAZURU』発表。収録曲「ナーダム」は、後に渋さ知らズのレパートリーとなった。
    1990年代中期には、片山広明との双頭バンド、デ・ガ・ショーで活動。なお、デ・ガ・ショーのセカンド・アルバムのライナーノーツを寄稿した忌野清志郎は、「俺も参加させろ!」と書き、後日、本当に共演する。
    その後、関島岳郎らとフォトンを結成し、篠田昌已へのトリビュート・アルバムを制作。アルバム『森の人』(2001年)では吉田達也と共演。
    『birds and bees』(2006年)は、サックスの多重録音を中心とした意欲作となった。

    リーダー・アルバム
    MAZURU(1990年)
    モンクス・ムード(1996年)
    MONA LISA〜山下洋輔プレゼンツ! 林栄一プレイズ・スタンダード(1997年)
    音の粒(1997年)
    MAZURUの夢(2000年)
    森の人(2001年)
    the crushed pellet(2003年) - 大友良英、豊住芳三郎との連名
    birds and bees(2006年)
    鶴(2007年)
    遊侠一匹(2009年)
  • 船戸 博史
    船戸 博史(ベース)
    1961年生まれ。幼少期からピアノに親しむも、中途半端で終わる。
    その後、ギターに手を出すがこれまた中途半端。高校時代にベースと出会い、同志社大学卒業後、ジャズのベーシストとして歩み始める。
    世界各地をさ迷い、‘88年アフリカより帰国後、ジャンルに捕われない音楽活動を本格的に開始。現在に至る迄多数のバンドに参加している。
    主に『ふちがみとふなと』や、『ウイルキンソン・ブラザーズ(ピアノとギターとベースによる美しい音楽を奏でるバンド)』
    『ビジリバ』等のメンバーとして、他ではJAZZ、シャンソン等の世界に首を突っ込む傍ら、いろんな民俗楽器とのセッションも行っている。
    ‘97年7月にオランダのノースシー・ジャズフェスティバルに、秋吉敏子の娘マンディ・みちる、のバンドで出演。
    主な共演者には梅津和時、片山広明、佐藤通弘、ジョン・ローズ、スティーブ・ベレスフォード、ジョン・チカイ、渋谷毅、
    山木秀夫、林栄一、山本精一、千野秀一、ドーナル・ラニー、ルイス・モホロ、ペーター・ブロッツマン、板橋文夫、井上敬三、普久原恒勇、島健、等がいる。

    近年はソロアルバム数枚、年下歌手のプロデュースなども手がけ、ジャズもまた始めたりしている。
  • 市川 芳枝
    市川 芳枝(ヴォーカル)
    心にストレートに響くその切なくも暖かな歌声から「魂のsinger」と形容される、 ずば抜けた歌心の 持ち主。
    京都老舗ジャズクラブ
    blue noteを舞台とした
    小説「モンク」は彼女と
    彼女の亡き夫市川修をモデルとして書かれており、 小説と対応するCD[スンミ」は森山威夫(ds)を迎えて同時期に発表。
    他に CD「FATHER'S SONG」などをリリース。
    2006年 亡くなった京都を代表するジャズピアニストで夫の市川修とは、全国でライ ブ活動を展開し、大好評を博した。
    全国にファンを持ちソウルフルな歌声とパフォーマンスで聞く人を魅了し、彼女を 支持するボーカルの卵たちが後を絶たない...。
    現在多くのファンを有する京都を中心に活動中。
  • 鈴江 愛理
    鈴江 愛理(サックス)
    1991年生まれ。奈良県出身。趣味は山登りと料理。
    祖父の趣味であったアルトサックスを9歳で手にする。その楽しさから将来ミュージシャンになると決意する。
    ジャズ好きの母の影響で、高校在学時よりジャズを習い始める。
    高校卒業後、甲陽音楽学院へ入学し、荒崎英一郎氏に師事。
    以後、良い音と枠に囚われないフレージングを追求しながら、関西を中心に自己のグループや、フリージャズ、
    即興演奏に傾倒したバンド「Happy House」のメンバーとしてライブ、レコーディング活動を行なっている。

申込・お問合せ

2月1日発売

【前売】3,000円【当日】4,000円

事前申し込み必要(メールのみ)※5月20日まで申込

お問い合わせ先

ブルーノート
info@kyoto-bluenote.jp
http://www.kyoto-bluenote.jp

会場

ならまちセンター 市民ホール :奈良市東寺林町 38 ならまちセンター 2F

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